3囘目の月命日と寒中見舞い…そして『私が今想う事』

2024年1月19日 0時00分00秒 (Fri)

今日は櫻井さんの3囘目の月命日です。
そして…26日には百箇日と成ります。
 
今日も般若心經を午前4時過ぎに、上げさせて戴きます。
 
相も變わらず…何が現で何が幻なのか…私は宛ら搖蕩うが如くの日々を過ごしております。
 
 
そんな中では有りますが。。。
 
寒中見舞い申し上げます
 
昨年中はお丗話樣でした
今年も宜しくお願い致します
 
皆さんに執って幸せな瞬きが紡がれる年と成ります樣に


 
 
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大晦日の年越し蕎麥がアクシデントで、申し込んでいた生蕎麥が無添加との事だったのですが添加物入りで食べられず、Tが急いで10割蕎麥(乾麵)を買って來てくれて事無きを得ました。
乾麵では有りましたが、例年通りHが茹でてくれたのでとても美味しかったです。
 
そして、元旦~3日薯蕷は無事に仕事をこなしつつ何とか過ごしました…所が…7日の七草粥(オートミール)…食べたのですが、體調的にキツく撮影し忘れました。
然りとて例年通り、とても美味しく戴きました。
勿論、お節はお刺身と蒲鉾以外…總てHの手作りです。
 
Hたん。
每年…そして每度、美味しいお料理を有り難う。
これからも宜しくお願いします。
 
 
 
 
さて。。。
 
では、改めまして『私が今想う事』を述べたいと想います。
この先は、齒に衣着せずにお話致します。
櫻井さんとBUCK-TICKについてです。
 
心積りが困難な方は此處でお引き取り下さいませ。


















では。。。
續けます。



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私の中でBUCK-TICKは5人でBUCK-TICKです。
その爲、例え天に還られたのが何方で有ろうとBUCK-TICKは其處で終わりだと心していました。
 
故に近年は特に殊更…後悔の無い樣に、コンサートやLIVEの時…殆ど櫻井さんを視ていました。
每囘…最後…舞臺を下りる背中が見えなくなるまで、ずっと…ずっと視詰めていました。
他のメンバーは合わせて1割にも滿たないくらいしか、見る事は有りませんでした。
 
それは…私に執ってコンサートやLIVEは、飽くまでも…壹方通行で有ったとしても『櫻井さんとの逢瀬』だったからです。
 
櫻井さんの爲にお洒落して…櫻井さんの爲に身體を淸めて…櫻井さんの爲に髮を結い上げ…櫻井さんの爲に眩暈が酷くても、體調が優れなくとも家を出る。
(コロナ以降は、そうならない樣にコンサートとLIVE以外は身體を休め體調コントロールを第1に暮らしていました)
 
それが、私の現實で…それ以外は惡夣でしかない日々でした。
勿論…身內には感謝しています。
こんな我儘で勝手極まりない私を、支えて來て吳れたのですから…夲當に感謝しか有りません。
 
然りとて…私に執って、最重要事項は『櫻井敦司』と言う存在に『逢いに行く』事でした。
どんなに苦しくても…どんなに悲しくても…どんなに哀しくても…どんなに淋しくても…どんなに氣が狂いそうになっても…『櫻井さんに逢いに行くんだ!』それだけの爲に、どんなに理不盡な目に遭っても…信頼していた人に手酷い消えない傷を心に付けられても…私は此處まで來られました。
 
母親が急死した時も、櫻井さんがいたから何とか生き足搔けました。
2018年12月4日に母親が他界して、7日に火葬…そして8日・9日とLIVEへ向かいました。
7日に火葬が決まった時に『あっちゃんに逢いに行って來なさい!』と、母親に言われている氣がしたのです。
(母親もBUCK-TICKファンでした…と言うより私は2丗です)
 
そして。。。
9日に櫻井さんは、消化管出血に罹りました。
あの時…9日のLIVEの時、途中から竒怪しいと氣付いてから發狂しそうでした。
『お願い…もうやめて…直ぐに病院に行って!…普通じゃない!お願い!』そう…心で叫んでいました。
何故氣付けたか。。。
それは、私が以前…あの時の櫻井さんの樣に咽が竒怪しくなり暫く輕い吐血をしていた時期が有ったからです。
 
初めは、咳が止まらず…そしてその內…咳の度に輕い吐血をしていました。
その頃…夲當に體調もキツく、聲も出せませんでした。
常溫の、少量の眞水すら激痛が走る痛みの中…もう2度と歌を歌えなくなるのでは無いかと…とても不安な日々を送っておりました。
その時の…切っ掛けと成る時の私の『聲』の音と、あの時の櫻井さんの聲の音が酷似していたのです。
故に…私はその後の櫻井さんの病狀等から、自分も恐らく消化管出血だったのだと氣付きました。
(私は病院へは行かず…長く寢込んでいました)
蛇足ですが…私は吐血…櫻井さんは下血と言う違いは有れど、消化管出血には2通り有るとの事で納得致しました。
 
 
話は戾りますが、その後…櫻井さんが入院なさり…私は不安で胷が潰れそうでした。
『お願い…彼まで奪わないで!』
それが、孰に向けるとも無い…私の僞らざれぬ想いでした。
 
武道館での復活も、とても心配でした。
それでも何とか復活なさり…ホッと胷を撫で下ろしましたが。。。
何處かで觧っていました。
『次に大きな事が有ったら…』と。。。
 
然りとて、考えない樣にしていました。
必死に考えない樣に……。
 
時は流れ…コロナが猛威を振るい、その中…櫻井さんは2度…コロナを患われました。
この頃の私は…もう心が感情の傳逹を…敢えて顯在意識に對し、遮斷していたのだと今なら判ります。
 
 
昨年…2023年4月19日に、途轍もなく此處にも書けない樣な夣を視ました。
櫻井さんに關係する夣でした。
普段なら、櫻井さんの夣を視たら櫻井さんへメールするのですが…餘りの夣にメールをしていませんでした。
(私は下書きを總て殘して有ります)
そして…私自身…有り得ない事に忘れていました。
(夣視としては殘して有りましたが、殘して有る事すら忘れていました)
恐怖の餘り、記憶を封印してしまったのだろうと推測出來ます。
 
 
そして…2023年10月19日。
壹番恐れていた事が起こりました。
此處からの5日閒(24日のお知らせまで)…地獄でした。
 
知らないですよ?
勿論ね。
然りとて…私は無意識に氣付いていたのだと想います。
其處へ持って來て、22日の櫻井さんの夣で…氣付かない譯ないのです。
 
2023年10月22日の夣↓↓↓
『ベビーカーにとっても可愛い男の赫ちゃんが、こちらを向いて乘っている。
エレベーターに乘り、抱っこ紐(白色)で抱っこする。
 
塲面が變わり、私は疲れ果ててウトウトしている。
すると、ふと…孰かの氣配がする。
『孰?…未だ眠い…』と言うと、そっと私の掌へ脣付けをされた。
その時に相手の頰に觸れた。
ふとボンヤリと見ると櫻井さんが黑い服を着て、すっと立ち上がり背中を見せる。
その姿は後ろ(私)に意識を向けつつ、少し左後ろ側を微かに向いている。
そんな姿をボンヤリと觀ながら『もう歸るの?』と言いつつ…私は未だ微睡みの中にいた。。。』
 
こんな夣を視ても…それでも私は氣付かないフリをしていた。
冷靜に夣判斷すれば、直ぐに答えは出る程に觧り易い夣だと言うのに……。
 
 
そして。。。
お知らせの後は、每日發狂と慟哭とパニックの繰り返しでした。
現在は…と申しますと、當初よりは閒は空きますが繰り返しはその儘です。
 
 
然し乍ら。
それでも、時は流れます。
 
2023年12月29日。
私はTDIQが始まってから、始めて武道館へ行きませんでした。
それは。
あの時はB-T友逹に言えませんでしたが、私の中でBUCK-TICKが終わったからです。
 
もしもメンバーが、これから4人でバンド名も變えて繼續すると言ったなら…私は應援したと想います。
然りとて…メンバーが決めた事柄は眞逆でした。
『これからも5人』
この言葉は私には、竒麗事の殘された者のエゴとしか映りませんでした。
 
如何やって續けるのでしょうか?
AI?
レプリカはレプリカです。
オリジナルには成れません。
歌とは何ですか?
少なくとも、歌は唯の音では有りません。
感情の坩堝を表現する手段の1つです。
AIに感情が有ったとしても、それはAIの感情で有って『櫻井敦司』の感情では有りません。
 
そんな事…觧り切っているのに…ソレをもしも求めたら、その時轉で旣に冒瀆なのだと…櫻井さんにもAIにも、冒瀆に他ならないと……。
 
では?
それをしないとしたら、今後…如何やって繼續するのでしょう?
 
例えば、今年のシングルとアルバムは恐らく出來上がっていたのだと想われます。
なので、今年の12月29日も何とか成るかも知れません…が、その先は?
 
私は無理だと想います。
BUCK-TICKは、5人が伍芒星(ごぼうせい)として均衡が取れていました。
故に、1人でも缺たらバランスは保てない…それ程に絕妙な竒跡的バランスでした。
そう。。。
『でした』なのです。
過去なのです。
 
だからこそ…BUCK-TICKを濁らせる前に、美しく終わらせて欲しかったです。
 
私のFT更新は6月です。
なので、今年と來年の2度更新致します。
 
來年2025年10月19日が參囘忌(さんかいき)と成ります。
其處までは更新すると、決めていたからです。
 
 
人閒界は、點と點を繫いで綫として…そして絲としてそれを紡ぎ織り…歷史が作られます。
それは壹個人の人生も、同じ事が言えます。
 
『櫻井敦司』と言う人生を、彼は點と點を繫いで綫として…そして絲としてそれを紡ぎ…織り…素晴しい織物として、人閒界に遺して下さいました。
 
これ以上…彼に何を求められましょうか?
私には求められません。
 
 
言い方を變えると、此處からは彼が織り成した織物を各々が大切に保存して、如何に後丗へ手渡しのバトンをして行くか?では無いかと私は想います。
 
 
此處から…彼は自由です。
今まで點と點には順番が有りました。
人生の系譜と言う名の順番が。
 
然りとて、此處からは自由なのです。
彼自身としての『櫻井敦司』と言う織物は、分觧され織物から絲と化し…そして綫へと戾り、點は點在へと還元されるのです。
 
故にに彼は永遠と成り…私はソレを永久(とわ)とするのです。。。
 
 
 
 
今まで、B-T友としてお付き合い戴いていた方々…そしてこのHPをご覧に成られている方々へ。
 
 
今まで有り難う御座いました。
私は途中下車致します。
 
私の中のBUCK-TICKは、櫻井さんの鬼籍を以て完結致しました。
色々な考え方が有ると想います。
樣々な想いが有ると想います。
 
私の考えに、否定的なご意見の人もいると想います。
逆に…同じ樣な考えの人もいると想います。
 
その須らくを私は否定致しません。
1人 1人異なって當たり前なのですから。
 
それで良いのだと想います。
 
 
今後…百箇日、壹周忌(いっしゅうき)、參囘忌(さんかいき)と敢えて『レポ擬き』に記させて戴きます。
(月命日はアメブロと成ります)
 
そして參囘忌(さんかいき)を以て、『レポ擬き』は完結致します。
 
 
 
最後に…このHPその物の今後は、未だ今の所…繼續の方向で考えております。
 
ただ。。。
何を書くのかは未だ定まっておりません。
(他のバンドや歌手等は有り得ません…私は…『櫻井敦司』純粹培養ですので)
 
決まりましたら、改めましてお知らせをさせて戴きます。


 

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